1. はじめに
気候変動と並び、いま企業にとって注目すべき環境課題が「生物多様性」です。例えば2022年には「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が国際的に採択され、2050年を見据えた自然との共生に向けた行動が企業や各国に求められるようになりました。
こうした動きは、経営層やCSR担当者だけでなく、人事・採用担当者にとっても無関係ではありません。本記事では、生物多様性に対する企業の対応と、そこから生じる人材ニーズ、採用戦略のポイントについて解説します。
2. 生物多様性とは何か
生物多様性とは、地球上に存在する多種多様な生物(動植物、微生物など)と、それらが織りなす生態系、さらには遺伝的な多様性までを含む概念です。人間の生活や経済活動は、自然資源や生態系サービス(例:水源涵養、土壌形成、病害虫の抑制など)に強く依存しており、生物多様性の劣化は企業の中長期的リスクに直結します。
こうした危機意識のもと、2022年12月にカナダ・モントリオールで開催された「生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)」では、「昆明・モントリオール生物多様性枠組(KM-GBF)」が正式に採択されました。これは、2050年までに「自然と共生する世界」の実現を目指し、2030年までに生物多様性の損失を食い止め、回復軌道に乗せることを目的とした23のグローバル行動目標(Target 1〜23)を定めた国際的な新たな枠組みです。
日本ではこの世界目標を踏まえ、環境省が2023年に「生物多様性国家戦略2023–2030」を策定しました。この戦略は、2030年のネイチャーポジティブ(自然再興)実現を掲げ、自然資本を守り、活かす社会経済への転換を推進する内容となっています。
- 位置づけ:KM-GBFに対応する国内戦略であり、生物多様性と気候危機という「2つの危機」への統合的対応を重視。
- 目指す姿:30by30目標の達成(2030年までに陸と海の30%以上を健全な状態で保全)や、生態系の回復・自然の恵みの持続的利用を実現すること。
- 構成:第1部(戦略)では5つの基本戦略に基づき、15の状態目標(あるべき姿)と25の行動目標(なすべき行動)を設定。第2部(行動計画)ではそれぞれの行動目標に対応した367の施策を府省横断で整理し、ヘッドライン指標を含む評価体系も整備しています。
企業や金融機関にも、生物多様性への配慮と積極的な貢献が求められており、情報開示、サプライチェーンでのリスク管理、持続可能な資源利用の実践などがキーワードとして挙げられています。今後は、気候変動と同様に「ネイチャーポジティブ」が投資判断や経営戦略における重要な視点として扱われることが想定されます。
3. 生物多様性と企業経営:求められる対応とは
企業が直面する生物多様性に関連するリスクは、主に以下の3つに分類されます。
- 物理的リスク:森林伐採や生態系の破壊、水資源の枯渇など、自然環境の変化による事業活動への直接的な影響。たとえば原材料の供給難や操業停止リスクなどが該当します。
- 移行リスク:生物多様性に関する政策・法制度の強化、国際的な開示要件の導入、持続可能な製品・原材料への転換などに伴う、制度や市場環境の変化に対応するためのコストや事業調整リスク。
- レピュテーションリスク(評判リスク):生物多様性に配慮しない事業活動が、消費者や投資家などのステークホルダーからの信頼低下を招き、企業価値に影響を及ぼすリスク。
こうしたリスクに対応するための国際的な枠組みのひとつが、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)です。
TNFDは、自然資本等に関する企業のリスク管理と開示枠組みを構築するために設立された国際的組織です。
参照:環境省「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)に対する拠出について」
TNFDは、気候変動に関する情報開示を推進するTCFDのアプローチを継承するもので、グローバルな自然資本リスクの可視化・管理のための基盤となることが期待されています。
日本からは、住友林業、大成建設、野村アセットマネジメントなどがTNFDフォーラムに参加しており、試行的な枠組みの導入や議論への参画が進められています
また、欧州連合(EU)ではCSRD(企業持続可能性報告指令)が2023年1月に施行され、一定規模の企業に対し、段階的に自然資本や生物多様性に関する情報開示が義務化されています。
こうした世界的な動向は、日本企業にも少なからぬ影響を及ぼしつつあります。とくにグローバルに事業を展開する企業や、欧州企業との取引関係を有する企業にとっては、サプライチェーン全体での自然関連リスクの把握や、情報開示の整備が実質的に求められる状況です。
4. 生物多様性情報開示の進展と実務人材へのニーズ高まり
企業が生物多様性対応を進めるうえでは、専門的な知識と実務スキルを備えた人材の確保・育成が不可欠です。とくに、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)に準拠した開示や、リスク評価、社内体制の整備といった具体的な実務対応が求められる中で、対応可能な人材の不足が課題になりつつあります。
今後さらに必要とされるのは、単なる環境知識を持つ人材ではなく、組織内で他部門と連携しながら、改善策の立案・実行ができる人材です。
4.1 生物多様性対応に必要な人材像
4.1.1 自然資本の評価・分析ができる人材
生態系サービスの可視化や、地理情報システム(GIS)を活用した自然リスクの空間的評価といった実践的なスキルが求められます。こうした評価業務では、環境省が提供する生物多様性「見える化」マップなどの地図ベースの情報ツールを使い、地域ごとの保全状況と事業活動との関係性を読み解く能力が重要です。
4.1.2 TNFDや生物多様性関連の開示実務をリードできる人材
ESGレポートにおける自然関連リスクの記載や、サステナビリティ指標のKPI化、社内の各種データの管理・統合を通じて、全社的な自然対応戦略の整合性を図っていくことが期待されます。
4.1.3 調達・購買部門で自然関連リスクを管理できる人材
たとえば、生物多様性への配慮を含んだ持続可能な調達方針を自社で策定したうえで、サプライヤーとの契約やガイドラインにその方針を反映させる実務が挙げられます。加えて、サプライチェーン上のリスク管理にあたっては、FSCやRSPOなどの第三者認証制度を適切に活用し、環境配慮の実効性を担保する手法も必要となります。
5. 生物多様性対応の人材採用を成功させるために
生物多様性領域は、国内企業にとってまだ比較的新しい分野であり、専任で豊富な実務経験を持つ人材は現時点では限られています。そのため、「即戦力人材の確保」だけを目指すのではなく、育成や他職種からの転換も視野に入れた柔軟なアプローチが求められます。
5.1 採用・育成における工夫
5.1.1 関連するバックグラウンドを持つ人材を幅広く捉える
候補者を検討する際は、環境工学、林学、農学、自然科学系のバックグラウンドを持つ人材だけでなく、CSR部門、調達、リスク管理、経営企画部門などで環境や社会課題に携わった経験を持つ人材も視野に入れるとよいでしょう。
また近年では、ESG・サステナビリティ関連のコンサルティングやシンクタンク経験者が、企業内の実務対応ポジションに転じるケースも増えつつあります。
5.1.2 ESG/サステナビリティ分野での兼務を前提とした設計
とくに中堅・中小企業や、これから体制構築に取り組む企業にとっては、「生物多様性専任者」を採用・配置すること自体が現実的でない場合もあります。
この場合は、既存のESG推進室やサステナビリティ担当部署の一員として他テーマ(例:気候変動対応、調達管理)と兼務する形での実装を前提に、採用要件や職務設計を行うと柔軟です。
5.1.3 外部の専門家との協働を前提とした設計
体制構築初期の段階では、生物多様性分野に強いコンサルタントやNGO・研究者と連携しながら、社内でのケイパビリティ構築を進めるのが現実的な選択肢となります。
このとき社内担当者が、専門家との橋渡し役を担うことで、組織としての知見を段階的に蓄積していくことが可能になります。
5.1.4 採用広報・ブランド面での打ち出し
候補者側が注目しているのは、「企業がどの程度本気で生物多様性に取り組もうとしているのか」という姿勢です。そのため採用広報においては、自社が自然環境との共生をどう位置づけているか、具体的な取り組み方針・実績・将来像を明確に打ち出すことが重要です。
また、「TNFDに向けた対応を進めています」「森林や水資源に関するリスク評価を強化中です」といったメッセージは、関心層の共感を引き出すきっかけになります。
こうした発信を通じて、「共に取り組む仲間を求めている」という企業の姿勢が伝われば、専門人材に限らず、理念や課題意識に共鳴する幅広い層からの応募につながる可能性も高まります。
6. 生物多様性対応は「採用」からはじまる
生物多様性に対する企業の責任と行動が、国際的なフレームワークや社会的要請の中で明確に求められる時代となりました。こうした変化に対応するためには、方針策定や開示対応だけでなく、組織として対応できる「人材の力」が不可欠です。
まだ正解が定まっていない分野だからこそ、適切な人材の採用と育成が、企業にとって将来への重要な投資となるでしょう。
生物多様性対応に向けた体制づくりや人材確保をどこから始めればよいか悩まれている場合は、専門領域に特化した人材紹介サービスの活用も一つの選択肢です。
「サスキャリ」では、サステナビリティ分野に精通した人材のご紹介や、職種設計に関するご相談にも対応しています。ぜひお気軽にご相談ください。
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